「ねーねー、カカシ先生」

「ん?」

「どんな人だったの?その女の子」

「は・・・?」

「だーから、カカシ先生が格好つけてたお相手の事だってばー」

「な、何だよ、突然・・・」

「すっごい気になるじゃない。だってサスケくん以上に格好付けまくってたんでしょう?なんかあり得なーい」

「・・・そうかー・・・?」

「このカカシ先生がサスケくんより・・・。やだー、信じらんなーい!ねーねー聞きたい聞きたい。教えて教えて」

「いや・・・、取り立てて話すような事は・・・別に何も・・・」

「なによ秘密ぅー?教えてくれたっていいじゃないのー」

「あのな・・・、別にどうだっていいでしょ。オレの昔の話なんて」

「よくないよくない。後学のために知りたいのよ、男の人の面倒臭い見栄の張り方。恥ずかしがってないで早く教えて。ね、ね」

「後学って、そんな・・・」





マスクで顔を隠しているけど、動揺しているのは一目瞭然。

こんなバレバレなカカシ先生って、初めて見たかも。

面白くてつい、からかうのをやめられなかった。





「もう、早く教えなさいってばぁ。こらこら」

「ホント女の子って、こういう話大好きだよな・・・」

「昔の話がマズいんなら今の話でもいいんだけど」

「・・・余計マズいでしょ」




困り果てた先生が天を仰ぐ。




「あー、ばれるとマズい人いるんだぁ!」

「いないよ・・・。忙しくてそれどこじゃないよ」

「ホントかなー?」

「・・・なんだよ。そういうお前は、新しいオトコ出来たのかよ」

「う・・・」

「ほら見ろ。お互い様じゃないか」




痛い所を突かれてしまった。思わぬ反撃を受けて、とんだ薮蛇になってしまった。




「じゃあ、昔の彼女の話で許してあげる。その人もやっぱり忍の人?今どうしてるの?」

「・・・さあな。今どこにいるのか、ちゃんと生きてるのかも分かんないよ。あんな大戦があったから・・・」

「え・・・」





先生の言っている忍界大戦。

数年前に起こった木の葉崩しなんて全く比べ物にもならない、大規模な戦争の事だった。

世界中の忍を巻き込んだ壮絶で暗い大戦の時代を、先生はずっと戦って生き抜いてきたんだ。

私にとっては、教科書の上だけの事実に過ぎない出来事。

でも、先生にとってはそれは間違いなく辛い過去の記憶であって、その時の思い出をこんな風に軽々しく聞いてはいけないのかもしれない。



「ごめんなさい・・・。私、悪い事聞いちゃったね・・・」

「いーや、別に。サクラが謝る事でもないさ」

「んー、でも・・・」

「同じなんだよな・・・」

「え・・・?」

「そういやオレも・・・、一方的に置いてきちゃったんだなってさ・・・」





寂寞と過去を振り返る声。

遠くを見詰める瞳の中には、悲しいまでの愛惜の情が。

微かに浮かんだ微笑の中には、切ないまでの苦渋の色がありありと映って見えた。



カカシ先生・・・。



今、先生の心の奥にあるのは、いったいどんな思い出なんだろう。

懐かしさと淋しさと・・・。

限りない諦めと夥しい後悔・・・。



私の知らないカカシ先生がそこにいる――






ズキ・・・ズキ・・・ズキ・・・

胸が、酷く締め付けられる。




え・・・そんな、どうして・・・?




先生の表情に心が揺らぐ。

カカシ先生が大切に想っていた人。

きっとその人も、カカシ先生の事をとても大切に想っていたんだろう。

なぜだかその事だけは確信できた。

先生は、今もその人の事を想い続けている・・・。

何かを悔いるように贖罪してる・・・。





キリッ・・・キリッ・・・キリッ・・・

どうしてだろう。胸の奥がえぐられるように痛い。




自分と似たような話だから・・・?

どんなに相手を想っていても、遠く離れ離れにならざるを得なかったその人に、自分の姿を重ねてしまっているのだろうか。







「もう、逢えないの・・・?」

「ん?」

「もうどうやっても、その人には逢えないの?」

「んー、そうだなあ・・・。たとえ逢えたとしても、もう逢うべきじゃないんだろうな・・・」




空を見上げ、静かに笑う横顔からは、淡々と何の表情も読み取れないけれど。

心の中から滲み出る静かな叫びと固い決意だけは、痛いほど伝わってきた。




「・・・まだ好きなんだ。その人の事」

「はは・・・、さあ、どうだかな・・・」




「あー、そろそろ行かないと・・・」と先生が腰を上げる。



「サクラ」

「はい?」

「例えば目の前に馬鹿デカい壁があってさ」

「うん」

「どれだけデカいか観察しようと近くに寄り過ぎると、天辺が見えなくなって余計途方に暮れちまうけどさ」

「うん・・・」

「二、三歩下がるだけで、『なんだ、これっぽっちの壁だったのか』って案外思えるもんだよ」

「・・・・・・」

「大丈ー夫。サクラだったらどんな壁でも絶対乗り越えられるから」

「へへっ・・・。そうだったらいいな・・・」

「オレの自慢の部下なんだぞ。オレの目に狂いはない」






「じゃ」と片手を上げ、先生が建物の方へ消えていった。



最後に向けてくれた笑顔が、やけにじんじんと心の中に染み渡った。